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2003 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表 : ウィキペディア日本語版
2003 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表[2003ふぃーふぁじょしわーるどかっぷにほんじょしだいひょう]
2003 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表(2003フィーファじょしワールドカップにほんじょしだいひょう)は、2003年9月20日から10月12日にかけて、アメリカ合衆国で開催された2003 FIFA女子ワールドカップ〔1991年の第1回大会から1999年の第3回大会までは「FIFA女子世界選手権」であった〕。
サッカー日本女子代表チームである。


== 概要 ==
4大会連続での参加となったが、そこまでの道のりは大変厳しいものとなった。
アジア予選を兼ねてタイバンコク行われた第14回アジア女子選手権では順当に勝ち抜くと思われていたが、3位決定戦で大韓民国に敗れて4位になってしまった。アジアの出場枠は3.5であったが、準優勝の中国が開催国返上により出場権を獲得していたため大陸間プレーオフへと進出することになり、北中米カリブ海3位のメキシコとの対戦で辛くも勝利を収めての本大会出場となった。しかしこの苦戦の末の勝利がマスメディアに大きく取り上げられ、斜陽といわれていた日本の女子サッカーが復活するきっかけになったといわれている。
本大会ではアルゼンチン戦で大谷未央ハットトリックをあげるなどの大量得点により6対0で勝利したが、次のドイツ戦では大会MVPとなるビルギット・プリンツを中心とした攻撃に翻弄され、0対3と大敗した。
引き分けでも決勝トーナメント進出できる状態で臨んだカナダ戦では澤穂希のゴールにより前半に先制するも、その後には不運ともいえる失点などから逆転され、同点ゴールと思われた大谷未央のヘディングシュートがオフサイドとされたのちにもう1点失ったため、グループリーグ敗退となった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「2003 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表」の詳細全文を読む



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